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TRC日記

ジュニア陸上チームTRCの活動日記  

中小企業の労働生産性向上

 日本の今後の最大の課題の一つとして少子高齢化対策がある。労働人口が減少し、人口減という事は何もしなければ経済は人口規模に応じてシュリンクする。経済規模がシュリンクすれば、自ずと社会保障のベースは崩れ、高齢者、社会的弱者などを支えきれなくなる。この問題に対処する最も簡単な策は、経済規模をシュリンクさせず、寧ろ拡大させることである。右肩上がりの経済成長など過去の話と言い放つのは少し早とちり、勿論過去の様な猛烈に働いて猛烈に拡大していくやり方ではありえない。それは、人口増がベースとなっているのであり、今後の経済成長の方法論ではありえない。現実的な方法は、今の時代に合った、経済成長の方法を実践すれば良いのである。その方法は、労働生産性の向上である。

働き方改革という単語が飛び交う昨今であるが、この単語を正確に理解している言われ方は実は少ない。働き方改革とは、単なる残業時間削減や、休暇取得の拡大ではない。仕事のやり方、制度を変えて効率を上げ、働く時間と余暇の時間のワークライフバランスを保つこと。働く時間は、現実的に短縮されるだろうが、同時に成果は従来以上が求められる。即ち同じ時間で出す成果を倍増する、これが労働生産性向上である。普通に考えれば理解できるだろうが、労働時間を縮小し、今まで通りの働き方を継続していたら成果は減少し、収入も減額となる。それでは個人の生活すら支えられない。生活を支え、余暇を充実させるためには収入増となる必要があり、そのためには、時間当たりの成果を増大すること、イノベーションを起こすことが必要不可欠である。その方法は、ムダムリムラなどの排除や新技術の導入による効率化、ビジネススキームの革新などいくらでも方法はある。そしてこの方法の実践に伴いいくつもの新たなビジネスチャンスが生まれる。そうやって得られた、ワークライフバランスのもう一方、余暇の充実はとりもなおさず消費拡大に直結し経済拡大に向かえるのである。

従って、少子高齢化、人口減少に対処する最高で唯一の施策が、働き方改革であり、その為に労働生産性向上が必要不可欠である。しかし、ことはそう簡単にいかない。

大企業は労働生産性向上に向けた施策を実行する事はそれほど難しくない。投資余力があり、リターンを待つキャッシュフローも潤沢だからだ。経営者の舵取りがあれば、それ程困難ではないだろう。勿論この手の改革には抵抗勢力が存在し、足を引っ張ることは間違いないが、結局は時間と共に淘汰されていくだろう。問題は余剰能力のない中小企業である。労働生産性向上に本気で舵を切る体力があるか?もし、体力があっても、中小企業の経営者、特に荒波に揉まれ、競争を勝ち上がることで力を養った経営者でなく、2世3世という相続で継承した経営者が、この方向性をつかみ取り、舵取りの経営判断ができる素養が備わっているか。

中小企業の労働生産性向上を実現する為の現実的な方法、言い換えると結果としての姿、こうなっていれば労働生産性は確実に向上するという姿は明確に示せる。それは、社数を半数以下、労働者数は維持させることである。労働者数維持なので、企業の淘汰が進んでも失業者は発生しない。現実的には吸収、淘汰だけでは従業員数減となるのは必定、加えて多くの経営者も経営者でなくなり雇われる立場になる。それでも失業数を増加させないのは、スタートアップ企業の増加で従業員を吸収していくことだ。即ち、スタートアップ企業増が雇用を支える源となる。しかし、逆に考えると、スタートアップ企業像で、中小企業数が半減ということは、既存の中小企業は6割~7割減とならざるを得ず、極めて厳しい淘汰を乗り越えなければならないのである。

これまで日本経済は良くも悪くも中小企業が支えてきたのは事実である。しかし、この先グローバル競争下で生き残り、日本経済を支え、日本国を盤石にする為には、労働生産性向上による構造改革以外に方法は見つからない。大企業が労働生産性向上策を実行するだけでは日本全体の構造改革にはならない。劇薬かもしれないが日本の為に中小企業の労働生産性向上をどう進めるのか?大きな課題であろう。


東京五輪は厚底OK

  東京五輪は厚底OK!と聞いてホッと胸をなで下ろす私だが、それ以上に選手は一安心だろう。しかし、今日目にした記事(日刊ゲンダイの東京五輪は厚底OK?マラソンの魅力を台無しにする記録偏重https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/268410)を目にして、あまりのひどさに開いた口が塞がらない、こんな無知で無茶なことを堂々と言い放つことに憤りすら感じてしまった。

まず、厚底の反発力を何か勘違いしているとしか思えない。履いただけで、エンジンがかかって、何もしないで前に進んでいくと思っているのだろうか?何なら試しに、アップシューズと通常のレースシューズとナイキの厚底を履いて走って比べてみればいい。おそらくいきなりではタイムは変わらない、いや、走り方を知らない素人がいきなりナイキを履いてもかえって遅くなる、レースシューズでは膝を壊し、アップシューズが一番速かったりする。足が勝手に前に出る?様に感じるのは、その様な走りをしているからであり、テクニックとパワーの裏付けあってのことである。


ギアはアスリート側が使いこなして初めて効能を発揮する。メーカーの開発部隊はアスリートの要望を聞きながら様々な改良を加えてギアを開発していく。その成果の一つが厚底なのであり、アスリートの能力を最大限に発揮するためのギアなのである。そもそも反発するような靴?と言うのならトラック競技のスパイクは何故否定しない?それは、陸上競技そのものの否定でしかない。100mで人類最速を産みだしたのは、素足ではないことぐらい既知ではないのか。


ナイキの厚底は確かに、今までとは考え方が180度変わった視点での開発である。これまで、ロードのレースシューズは軽くをひたすら追求、その上でのクッションやホールド、グリップなどを突き詰めてきたので、全く違う方向に大きく飛躍した開発である。それ故、何らかのレギュレーションをどこかで検討する必要があるかも?と考える必要性はある。しかし、ギアの開発を悪として否定することでは決してなく、その様な記述は許せない。他のスポーツを見ても、例えばGOLFがパーシモンからメタル、チタンへと開発が進んできたことで飛躍的に飛距離が伸びた。シャフトは木からスチール、カーボンと開発を進め、アスリートが適合させた技術を産みだしていく。テニスのラケットも昔と比較したら全く違う、昔のラケットで錦織圭の打ち方は出来ない、直ぐに身体を壊してしまうだろう。ギアの開発とアスリートの技術向上が相乗効果としてレベルアップしたプレーに繋がっているのである。


ナイキの厚底は何故他社に先行したか?私には自然の出来事に思える。昔からナイキの靴は硬め、反発性のある特徴があると感じていた。従って、履きこなせるアスリートが限定されていた、特に女性には向かないケースも多かった。裸足感覚を無視した訳ではない。足裏の3つのアーチを使う歩き方、その延長の走り方を追求する上でそれを助成するギアとして成立している、そうでなければトップアスリートが履きこなし、記録を出すことなど出来るわけがない。でも、万能では決して無い。実際、女性への普及はまだまだだ。男性でも今は猫も杓子もナイキを履いているのは事実だが、恐らく一時的な現象であろう。向き不向きで離れる選手は大勢出るはずだ。そして、他メーカーも追随する開発を続けている、必ず結果は出てくる。でも決して開発した方向性は間違いでなく、元に戻ることは決して無いだろう。今プロゴルファーでパーシモンを使っている選手がいない様に。


ギアの開発なくしてスポーツのレベルアップはない。ギアを使いこなすのも技術、技術を活かすギアを開発するのも技術。裸足で走るのがマラソン?なんて暴論を言う無知で公に発表する記事を書いて欲しくない。


野党の統合を野合にしない為には

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新エスカレータ理論


東京に来て20年以上になるが、私の持論であるエスカレーター理論、ルールの東京:マナーの大阪は未だ健在だ。

 私が東京に転勤になった1998年当時、東京ではエスカレーターは左に並んで右は急ぐ人の為に常に空ける。空いていないと怒られるルールであった。関西では当時そんなルールは存在せず、エスカレーターは皆まばらに立ち、急ぐ人はジグザグに縫うように歩くのが実態であった。

 一見すると、東京のルールが真っ当に聞こえる訳だが、私は真っ向反論したのが持論。通常時はそれでも問題ないが、混雑時、東京の場合は左に乗る為に乗り口付近がふさがれ、急いでいる人が、右側が空いているにもかかわらず、乗れない現象が発生していた。どれだけ混雑していようとも決して右には乗らず、行儀よく左にしか乗らない、ルールを守る文化である。混雑時は左右関係なく乗れば、混雑の解消は進み、結果として急いでいる人は早く進めることが誰にも分からない。そもそもエスカレーターの輸送能力は左右になった状態でマックスとなるのだが、半分しか輸送能力を使わないのだから混雑が酷くなるのは誰が見ても自明の理なのだが。一旦ルールを決めてしまうと、臨機応変に対応することが出来なくなる、本来の目的が何であろうと関係ない、これでは秩序ある状態とは言えない。ルールを守ってルールの目的を失う、マナーが欠落している。私には、大阪の臨機応変の乗り方が結果としてマナーある対応であり、秩序が保てる要素として、違いを論じていた。

 ところが、いつの頃からか大阪にも同様のルールが侵食し始めた。当時私は大阪にいた訳ではないので定かではないが、東から押し寄せたルールに抗う、僅かながらの抵抗で、通常並ぶのを右、急ぐ人を左と左右逆にしたのではないだろうか?僅かな抵抗だが、仕方がなかったのだろう。私は嘆いていた。結果は、やはり東京と同様に輸送力を最大限発揮できず、入口の混雑が酷くなっていた。ルールを守るのが洗練された都市である!とでも言わんばかりで秩序とマナーが失われていったのも事実である。他から見て混沌としている様でいても整然と秩序が保てる、各人が自己責任で安全で自分のペースで行動できていたのに。

 昨今、エスカレーター事故が多発しルールが変わろうとしている。いや、既に多くの場所でルールは変更されている。まず、エスカレーターは歩かない!から始まった。しかし、片手落ちルールは決して浸透しない、歩かないのなら急ぐ人の為に空けている右は何?から、ようやく最近、両側に乗ってOK、いや、両側に乗って下さい。もっといえば、混雑時に片側を空けてはいけないになった。今、東京都内の殆どの場所はこのルールになっている。しかし、一度染み付いたルールはなかなか抜けない、右に立っていると怒られる事度々。馬鹿に説明しても仕方ないので歩いて移動するが、未だ世の中のエスカレーターは右がズラッと空いた状態が多い。これがルールに縛られないと行動できない東京人、いや東京圏に住む全国寄せ集めの人達は、本来どうあるべきか?秩序保つには?なんて考える能力が失われ、いわれた事だけやる集団になってしまっている、非常に危険だ。

 一方、この年末年始大阪に帰阪し、混雑時の繁華街も歩いたが、見事、エスカレーターには両側に乗っていた。やっぱり無理していたんだな、やっと解放され、当たり前の行動をしている様に見えた。

 同時に感じたのは、エスカレーターに限らず混雑している道を歩く時、大阪では右往左往、交差、ジグザグに動いているにもかかわらず、誰ともぶつからない。皆、雑然とした状況でも秩序保ち、自己防衛での衝突回避の動きを自然としている。当たり前と言えば当たり前だが、最近の東京では、少し混雑していると、正面から突っ込んできてわざとぶつかってくる輩も多い。電車の中でも、無用に人を押したり、肩肘張って力いっぱい譲らない輩も多い。ルールではないかもしれないが、当然のマナー、人としての常識を疑う事が多い、しかも如何にも相手が悪いと言わんばかりの態度。大阪過ごした時間はすこしだったが、その様な事は一切なかったのだが、、、

 日本を代表すべき首都東京、今年オリンピックで海外客も多くなるのだが、大丈夫だろうか?心配である。

 

 


2019総括

2019年、時代の変わり目であり、私にとって最悪の年であった。ありとあらゆること、何一つ上手くいかない人生最悪の年。一つ一つあげてるときりがなく、言霊的には書き表すことが更なる現実化となるので、あえて細かくは記さない。一つだけ表面的な事象を書くと、今年のゴルフは殆ど雨、いや台風、嵐ばかり、晴は殆どなかった。それこそ立ってられない暴風の中、傘は意味を為さず、雨具も役に立たない状況が何度も!そして今年最後のゴルフの予定が大阪で12月30日、やはり雨の予報、一念発起大晦日に日程変更することで、今年一年の全てのマイナスをプラスに転換する。
これで流れは変わった!そもそも今年以下はあり得ない。底を着いたので、これからは上昇あるのみ!